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 5-(4).常世(とこよ)の国から持ち帰った「非時(ときじく)(かく)木実(このみ)


 以下は、古事記の垂仁(すいにん)天皇の条の一節です。

 垂仁(すいにん)天皇 非時(ときじく)(かく)木実(このみ) (口語訳)

 また天皇(すめらみこと)は、三宅連(みやけのむらじ)らの祖先で名は、多遅摩毛理(たぢまもり)という人を常世(とこよ)の国に遣わして、非時(ときじく)(かく)木実(このみ)を求めさせられた。それで多遅摩毛理(たぢまもり)は、ついにその国に到達して、木実(このみ)を採って縵八縵(かげやかげ)矛八矛(ほこやほこ)を携えて帰ってくる間に、天皇(すめらみこと)は既にお亡くなりになっていた。
 そこで多遅摩毛理(たぢまもり)は、縵四縵(かげよかげ)矛四矛(ほこよほこ)を分けて皇后に(たてまつ)り、縵四縵(かげよかげ)矛四矛(ほこよほこ)天皇(すめらみこと)の御綾の入口に供えて、その木実(このみ)を捧げ持って、大声で叫び泣きながら、「常世(とこよ)の国の非時(ときじく)(かく)木実(このみ)を持って参上いたしました」と申し上げて、ついに泣き叫びながら死んでしまった。その非時(ときじく)(かく)木実(このみ)というのは、これ今の橘のことである。
 この天皇(すめらみこと)の御年は百五十三歳。御綾は菅原の御立野(みたちの)の中にあり。また、その皇后比婆須比売(ひばすひめの)(みこと)の時に、石棺を造る部民を定め、また、土師部(はにしべ)をお定めになった。この皇后は、狭木(さき)寺間(てらま)の御綾に葬り申し上げた。


 ※常世(とこよ)の国・・・海のあなたに遠く離れた不老不死の国
 ※非時(ときじく)(かく)木実(このみ)・・・その時節でなくいつでもある香りのよい木の実
 ※(かげ)・・・橘の実を緒でつないで(かづら)のように輪にしたもの
 ※(ほこ)・・・枝に実をつけたままのものであろう

  (注)字義説明は「古事記」(倉野憲司校注、岩波文庫)の注釈に記載されているもの。


 天皇の命で常世(とこよ)の国に行って、採ってきたのが「非時(ときじく)(かく)木実(このみ)」。この実の正体は古事記自身が橘のことだと記載していますが、、如何にも暗示的で何かが隠されていそうな内容です。

 私は、この「非時(ときじく)(かく)木実(このみ)」が実は、新約聖書ではないかと考えています。根拠は次の通りです。
○新約聖書を「永遠に色あせることのない(=非時(ときじく))真理が書かれた果実」と考え、それを暗示する為に「非時(ときじく)(かく)木実(このみ)」という表現にしたのではないか。

○この実を採ってきたのが、「常世(とこよ)の国」と呼ばれる不老不死の国であり、新約聖書には永遠の命に入る道が示されている。
<ヨハネの福音書 第4章13-14節>
 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者は誰でも、また渇きます。しかし、私が与える水を飲む者は決して渇くことがありません。私が与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き出ます。

<ヨハネの福音書 第6章51節>
 私は、天から下ってきた生きたパンです。誰でもこのパンを食べるならば、その人は永遠に生きます。

<ヨハネの福音書 第10章27-28節>
 私の羊は私の声を聞き分けます。また、私は彼らを知っており、彼らは私について来ます。私は彼らに永遠の命を与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、誰も私の手から彼らを奪い去ることはできません。


○橘は、上記古事記の物語から「不老長寿の実」とされるが、それは、エデンの園にあるとされる生命の木の実に他ならない。
<創世記 第2章8-9節>
 神ヤハウェは東方のエデンに(その)をひらいて、そこに自らを形造った人を据えた。神ヤハウェは大地から、見ばえよく、食べ物に適するあらゆる木を、また(その)の中央には生命の木と善悪を知る木とを、生えさせた。


 なお、良く分からないのは、「縵八縵(かげやかげ)矛八矛(ほこやほこ)」という表現です。

 新約聖書は当時、巻物であったので、岩波文庫の注釈に従い、(かげ)を「輪のようなもの」と考え、「(かげ)(ほこ)は、それぞれ、巻物を上と横から見た形を表現している」とも考えてみましたが、少し苦しい気がします。

 さらに、(かげ)(ほこ)に注目し、想像を膨らませてみましょう。

 それぞれ、丸いものと(ほこ)を表していると考えると、キリスト教で思いつくものと言えば、聖杯とロンギヌスの槍です。

 聖杯は、キリストの最後の晩餐の際に使用された杯のことで、磔刑の際にイエスの血を受けたとされることもあります。また、ロンギヌスの槍は、磔刑の際にイエスを突き刺した槍のことで、槍を突き刺したローマ兵の名をとってロンギヌスの槍と言われ、「所有するものに世界を制する力を与える」との伝承もあります。

 ただし、古事記の記述では、同じ種類のものが複数あったことになっているので、聖杯とロンギヌスの槍は当てはまらないでしょう。(そもそも、原始キリスト教徒達がこれらを取って置いたということ自体、疑問ですが。)

 ちなみに、下記写真は、伊勢神宮の内宮で購入した神棚用の神具で、確か、「伊勢神宮に祀られている神宝を模したもの」(※うろ覚え)としてセットで売られていたものです。

            

 これらが実は、ロンギヌスの槍と聖杯を表したものだと考えてみるのも面白いかも知れません。なお、この矛と杯は今も売られているはずですので、伊勢神宮の内宮に参拝した際は、お札やお守りを購入するついでに確認してみて下さい。


 少し脱線しました。話を元に戻します。
 「縵八縵(かげやかげ)矛八矛(ほこやほこ)」について、「古事記注釈 第五巻(西郷信綱・ちくま学芸文庫)」では、次のような説明がなされています。
 内膳式に新嘗祭供御料として橘子(たちばな)廿四(かげ)鉾橘子(ほこたちばな)十枝などと見える。カゲ橘は枝ごと折って葉のついたままの橘らしい。「花縵(はなかづら)を以て殯宮(もがりのみや)(たてまつ)る。此を御縵(みかげ)と日ふ」(持統紀元年)とあるによれば、カゲはカヅラとして頭につけることのできるものを指す。それにたいしホコ橘は、鉾状に橘子を串に刺したのをいうようである。紀には「非時の香菓、八竿八縵(やほこやかげ)」と見える。
 こちらでは、カゲの方が「枝ごと折って葉のついたまま」のもので、ホコは「鉾状に橘子を串に刺した」ものになっており、岩波文庫の古事記の注釈とは違う説明となっていますし、また、「輪のような形」は出てきません。

 結局、「どのような形をしていたか、はっきりとは分からない」と言うことで、明確なのは、「2種類のものがあって、それが8つずつ」ということです。
 「八」の方は、私はイスラエルの失われた十部族の内、八部族が日本に来たと考えていますので、一部族に一つずつ渡るように採ってきたということでしょう。「二」の方は「陰陽」を表しているのでしょうが、その先が、現時点では納得のいく回答を出せていません。



 以上、私は、「非時(ときじく)(かく)木実(このみ)」を新約聖書のことではないかと考えているわけですが、さらに、これがその後、どこに行ったのかを推察してみます。

 可能性として考えられるのは以下の通りです。
○半分は垂仁(すいにん)天皇綾にある
 「縵四縵(かげよかげ)矛四矛(ほこよほこ)天皇(すめらみこと)の御綾の入口に供え」とあるので、垂仁(すいにん)天皇綾に一緒に埋葬されている可能性があります。ただし、入口に供えただけなので、御綾の中には入れられていないと考えることもできます。
 なお、垂仁(すいにん)天皇綾とされる御綾は現在の奈良市尼辻西町にあり、また、宮内庁が皇室の墓所として保管・管理しているため、今まで発掘調査はなされていません。

○焼かれて、もうない
 乙巳(いっし)の変の際、中大兄皇子らに追い詰められた蘇我蝦夷は、「天皇記(すめらみことのふみ)国記(くにつふみ)珍宝(たからもの)」を焼いたと日本書紀に記されています。実は、この中に新約聖書も含まれていて全て焼かれてしまったのかも知れません。

○伊勢神宮にある
 拙著で示した通り、天照大神の真の正体はイエス・キリストです。ならば、新約聖書は伊勢神宮に祀られている可能性があります。

○天皇家が保管している
 可能性の一つとして。

 以上、私の推察の真偽はともかく、垂仁(すいにん)天皇綾の発掘調査が許可されることがあれば、何か面白いものが出てくるかもしれません。




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