6-(5).ミスラ神(ミトラ神)


 当記事では、古代日本にも関わりがあったと思われるミスラ神(ミトラ神)についてまとめています。
 なお、内容的に十分でない部分もありますが、随時追加していく予定です。



 ミスラ神(ミトラ神)は元々は、インド・ヨーロッパ語族の古代アーリア人が信仰する神格群の一柱であり、その際の神名はミスラ神と言われます。そして、このミスラ神が古代アーリア人の民族移動と共に各地に広がっていくことになります。

 古代アーリア人の出自は不明ですが、紀元前3000年頃から中央アジアを起点として東西に民族移動を開始し、まず、ヨーロッパへ向かう西方系とイラン高原・インド亜大陸に向かう東方系に分かれたとされます。

 イラン高原では、紀元前12世紀から紀元前7世紀頃(※正確な年代は定まっておらず、書籍よって様々)、ザラスシュトラが現れてゾロアスター教を創始しますが、当初はアフラ・マズダーを信仰する一神教であったのが、ザラスシュトラの死後、中級神のヤサダとしてミスラ神をはじめ以前からアーリア人が信仰していた神々が取り入れられ、信仰の対象となります。

 一方、インドでは、ミスラ神(ミトラ神)はヴェーダ(バラモン教の聖典)に登場します。

 なお、ローマ世界においてミスラ神はミトラス神と言われます。このミトラス神の信仰が顕著となるのはローマ以降であり、まず、軍神としてのミスラ神をローマ兵たちが信仰し出したのが始まりであると言われています。


 以上、一口にミスラ神(ミトラ神)と言っても、信仰される土地や時代によって、その呼び名や性格を異にしており、以下では各地毎のミスラ神(ミトラ神)について個別に見ていきます。



古代アーリア人の民族神としてのミスラ神

 先にも述べた通り、古代アーリア人の民族神であるミスラ神が世界各地に伝わり、様々に変容していくことになります。

 ミスラ神は古代アーリア人が信仰する多神教の内の一柱ですが、非常に人気が高かったようです。
 また、ミスラは「契約」と同義語で、ミスラ神は友情・契約などを司る太陽神であるとされ、宇宙の秩序を維持する機能を有しているとされていました。



ゾロアスター教におけるミスラ神

 ゾロアスター教は前述の通り、ザラスシュトラ(ゾロアスターはそのギリシャ名)が創始した宗教です。

 ザラスシュトラは、アフラ・マズダー(「叡智の主」という意味)が唯一の至高神であるとして、当時、信仰されていた多神教の神々を否定、また、この世は善(アフラ・マズダー)と悪(悪霊アンラ・マンユ)が闘争する場であるとする善悪二元論を説きました。

 そして、その善と悪の闘争はこの世の終末に救世主(サオシュヤント)が現れて義者を導き、最後の審判が行われ、現在の世界が破壊されて新しく完全な世界が生まれると主張しました。

 なお、これらの唯一神の信仰、終末論については、ユダヤ教、キリスト教に影響を与えたとされています。

 また、ザラスシュトラが説いたのは、純粋に唯一神への信仰でしたが、後世、アーリア人に信仰されていた既存の神々が中級神として取り入れられ、ミスラ神もその一柱として取り込まれます。

 ゾロアスター教において、ミスラ神は天光の神であり、正義、契約、盟約、真実を司るとされていました。
 また、死者の霊は三日目に裁神ミスラ、スラオシャ、ラシュヌによって裁かれるとされ、裁神としての性質も持っています。

 さらに、ミスラ神は家畜や住居をはじめとする多くの富を与えると共に、戦闘における勝敗はミスラ神の加護があるか否かによるとされ、現世利益的性格を有しています。

 なお、アヴェスター(ゾロアスター教の聖典)におけるミスラ神の称号として、「光の君」、「真実の神」、「死から救う者」、「浄福を与える者」、「勝利者」、「戦士」、「広い牧場の君」などがあります。



アルメニア王国のミスラ神(≒パルティア王国のミスラ神)

 パルティア王国(紀元前247年頃〜紀元後224年)とアルメニア王国は共にゾロアスター教を信仰した国ですが、パルティア王国におけるゾロアスター教については資料が乏しく、内容はよく分かっていません。
 一方、アルメニア王国は、最初はパルティアの属国アルタクシアス王朝アルメリア王国(紀元前189年〜紀元前4年?)として、次には、パルティアの親藩アルサケス王朝アルメニア王国(66〜428年)として、パルティアの強い文化的影響下にありました。
 よって、資料に乏しい「パルティア的ゾロアスター教」は、「アルメニア的ゾロアスター教」とほぼ等しいと考えられ、「パルティア的ゾロアスター教」を復元する最有力の手段であるとされています。

     


 先述の通り、本来、ゾロアスター教の最高神はアフラ・マズダーですが、パルティア、アルメニアの両王国では、ミスラ神の信仰が隆盛を極めたようです。
 例えば、パルティア王国においてミトラダテス(紀元前171年〜紀元前138年)というミスラ(ミトラ)をその名に冠した王が存在しましたし、また、アルメニア王国のアルサケス王朝初代のティリダテス1世は、ローマ帝国の承認を受けるためにネロ皇帝の前にひざまずいた際、「自分はネロ皇帝の下僕であり、ミフル神を崇めるようにローマ皇帝を崇める」と宣言しています。(※アルメニア語ではミスラはミフル)
 よって、これらの王国の宗教はゾロアスター教でありながら、ミスラ神をメインに信仰する、むしろ、ミスラ教と言うべきものであったと思われます。

 また、アルメニア王国に流入したゾロアスター教では神々に独自の改変が見られ、最高神のアフラ・マズターには雷神としての役割が付与されていました。
 また、アフラ・マズダーは「すべての父」と尊称され、アナーヒターは彼の妻、ミスラは彼の息子、ナナイは彼の娘とされ、家族関係が強調されたものとなっています。(※アナーヒターは河川を本体とする水の女神で豊穣・子孫繁栄・純潔を司るとされる。仏教の弁財天と同一視する説もある。)

 そして、終末論においては、ヴァン湖畔に潜むミスラ神が世界の終末に到来して正義の復権を行うことになっています。


 最高神が「父」と呼ばれ、ミスラ神はその子で、この世の終末に到来するなど、キリスト教と重複する内容となっています。
 ちなみに、アルメニア王国は4世紀に西方シリア教会の単性論派キリスト教へと改宗します。



インド亜大陸におけるミトラ神

 紀元前3000年頃、イラン高原・インド亜大陸に向かった東方系アーリア人は、紀元前2000年頃にイラン高原(イラン系アーリア人)とインド亜大陸(インド系アーリア人)に分岐し、紀元前1500年頃、インド亜大陸に本格的に侵入を始めます。

 インド系アーリア人は先住民族であるドラヴィタ人を支配する過程で双方の宗教が融合し、バラモン教が形作られたとされます。その際、ミスラ神もミトラ神として取り込まれ、バラモン教の聖典ヴェーダにおけるミトラ神は、ヴァルナ神(真実神)と共に双神として、アーディティア(光明)神群の主神とされます。本来の性格は天空神で、ヴァルナ神が夜天であるのに対して、ミトラ神は昼天であったと考えられています。

 その他、インド亜大陸で信仰されたミスラ神(ミトラ神)関連のものは以下の通りです。
<マガ・ブラーフマナ=ボージャカ伝説>
 成立年代不詳のサンスクリット文献『バヴィシュヤ・プラーナ』の「波羅門の巻」には、太陽神像に仕える特殊な「マガ・ブラーフマナ=ボージャカ」について記載されています。

 それによると、彼らは、自分たちを「太陽の子」の家系であると誇り、太陽と人間の美女の間に生まれたジャラシャブダの末裔であると称しています。彼らの神話によれば、このジャラシャブダは太陽が父であったがために美女の父によって不義の子とみなされ呪いを掛けられました。しかし、これを哀れんだ太陽により、太陽自身を祀る祭司の地位に任じられたと言います。これ以降、ジャラシャブダの子孫は、太陽を祀る「マガ・ブラーフマナ」になったとされています。

 なお、この、「マガ・ブラーフマナ=ボージャカ」神話は、起源を異にするマガ・ブラーフマナ伝説とボージャカ伝説の集合体とされ、前者のマガ・ブラーフマナは、紀元前一世紀頃にイラン高原東部から移動してきたミスラ神崇拝の集団であると推測され、一方、後者のボージャカは、中世イラン語のボージャク(癒し手、救い主)に由来し、ゾロアスター教の影響を濃厚に受けた集団で、6世紀前半から7世紀末に同じくイラン高原東部からインド亜大陸西北部に流入したと考えられています。
<大乗仏教への影響>
 紀元前1世紀〜紀元後5世紀頃、イラン高原東部・中央アジアからインド亜大陸西部にかけては、古代アーリア人の素朴な太陽信仰、ミスラ教、ゾロアスター教などが重層的に分布していましたが、この状況の中にインド亜大陸東北部で成立した仏教が進出してきます。

 そして、この進出が始まった頃に、仏教が変容を始め、大乗仏教化・菩薩信仰化が進みます。この変容には、アーリア人の宗教の影響が少なからずあったと考えられますが、それを立証するための文献的証拠はなく、宗教的・人類学見地における類似点から影響を指摘されるにとどまっています。

 ミスラ神崇拝が影響が与えたと考えられているものは弥勒菩薩信仰であり、弥勒の梵名マイトレーヤはミスラと語源が同じで「契約」を意味します。
 なお、弥勒菩薩については、その救世主的性格からゾロアスター教の影響が指摘される場合もあります。

 また、阿弥陀仏信仰については、その光明神としての性格、および、西方浄土信仰からミスラ神が影響したとする説もあります。



ローマ帝国におけるミトラス神


 ローマ世界へは、海賊、商人、奴隷、軍人を媒介として流布しました。ローマ世界ではミスラ神はミトラス神と言われましたが、その変容は著しいものです。

 なお、ローマ帝国におけるミトラス神は別記事としてまとめる予定です。





◆参考文献等
書 名 等 著 者 出 版 社
『ゾロアスター教』
 
青木健 講談社
『ゾロアスター教』
 
P・R・ハーツ
奥西峻介(訳)
青土社
『ゾロアスター教 神々への賛歌』
 
岡田明憲 平河出版社
『ミトラス教研究』
 
小川英雄 リトン





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