◆牛を屠る神 |
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ミトラス神は「牛を屠るミトラス神」という図像で描かれることが多く、その標準的な構成は、中央に牛を捕えて短剣で屠るミトラス神を配し、左右に一対の松明保持者、牛の下方に蛇、さそり、犬などの動物、上方または周囲に擬人化された太陽や月、天の12宮が描かれます。
一対の松明保持者は、脇侍神のカウテスとカウトパテスで、上向きと下向きの松明を持ち、オリエント的衣服と帽子をつけ、時として交脚で立つという姿で描かれます。松明の位置は、昇る太陽と沈む太陽を示すと言われていますが、交脚の意味は明らかではありません。
この図像はミトラス神の神話に基づくものですが、その神話については後述します。
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◆七つの位階と密議 |
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ミトラス教徒は次の七つの位階を持っており、最も上位の者には「父の父」(pater patrum)の称号が与えられました。
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位階 |
対応する天体 |
シンボル |
@ |
父(pater) |
土星(サトゥルヌス) |
錫杖、指輪 |
A |
太陽の使者(heliodoromus) |
太陽(ソル) |
光背 |
B |
ペルシア人(perses) |
水星(メルクリウス) |
収穫用鋏、鎌 |
C |
獅子(leo) |
木星(ジュピター) |
燃料用の受け皿、楽器シストルム(振鈴)、いかずち |
D |
兵士(miles) |
火星(マルス) |
背嚢 |
E |
花嫁(nymphus) |
金星(ヴィナス) |
松明、冠、ランプ |
F |
大鴉(corax) |
月(ルナ) |
酒杯 |
これらの名称の起源は不明ですが、これらの位階は、天界やこの世界の七つの区分に与えられた意義に対応しています。
通常、この七つの位階は梯子になぞられ、それは霊魂が至高天に至るまでの行程を表していたと思われます。
また、儀式の際は、教徒たちは仮面劇を演じ、その位階に従った役割を演じました。その主要テーマは聖なる婚礼と牛屠りであり、具体的には次のようなものでした。
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「父」位と「花嫁」位の信者が聖婚の儀礼を行い、それに伴い、翌朝の新しい光としてミトラス神が出現。
次に、「兵士」と「獅子」の二つの位階の信者が地母神の分身または顕現として、死と復活の儀式を行い、神による聖牛の供犠の前祝いをする。
翌朝早々、「太陽の使者」とそのシンボルとしての「大鴉」の信者たちが合図すると、「ペルシア人」位の信者がミトラス神の代理として、聖牛供犠の真似事を演じる。
その後、信者たちはミトラス神と太陽神との会見とミトラスの昇天を祝う饗宴を催す。
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なお、この儀式はミトラス神の神話にのっとったものであり、また、天の12宮が象徴する天界を背景として行われた宇宙的救済行為の模倣だったとされます。
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◆神殿 |
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神殿は、自然洞に原型をもつと考えられる人工の洞窟状建造物(スペラエウム)が使用され、それは、ミトラス神が牛屠りの儀式を起こった場所を想定したものです。
その内部は長方形で長軸に沿って三分割され、真ん中の中央通路で儀式が執り行われ、両サイドに設けられたベンチでは、儀式の際に信者たちがそこに横座りになって聖なる会食を行いました。
そして、入口の反対側は祭壇を安置した至聖所であり、その中央には「牛を屠る神」の像が掲げられました。
なお、ミトラス教の主要な図像には「牛を屠る神ミトラス」、「獅子頭の怪神」、「岩から生まれるミトラス」、「ミトラス神一代記」などがあります。
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◆獅子頭の怪神 |
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獅子頭の怪神像は、ミトラス教の主要図像の一つで、身体は人、頭は獅子で、翼を生やした姿をしています。
その固有名詞や称号については文献も碑文もなく不明ですが、主に次の二つの説があります。
・クロノス(ズルヴァーン)説
獅子頭の怪神の正体を、ギリシア語でアイオーン(永遠時間)、ペルシア文献(アヴェスタ)でズルヴァーンと呼ばれる時間の神であるとするものです。
また、西方ではズルヴァーンとは呼ばれずにクロノスとされ、古代ローマ世界ではクロノスに相当する神はサトゥルヌスでした。
巻きつく蛇は循環する永遠の時間を表し、また、獅子は、ミトラス教の「獅子」位階のシンボルが燃料用受け皿であることから火を表しているとします。
つまり、この神は、永遠時間の神であり、一方で、時の流れが終わる時に万物が恐るべ猛火で灰塵に帰することを表しています。
・アーリマン説
アーリマンはゾロアスター教の悪霊アンラ・マンユのことで、アフラ・マズダーの善に対する悪神のことです。
ただし、獅子頭の怪神をアーリマンとする説は少数派です。
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◆太陽神 |
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ミスラ神は本来、光の神でしたが、ミトラス神は太陽神であるとされ、「不敗の太陽」という称号を持ちます。
ただし、ミスラ神が太陽神とされるのはローマ世界に固有のことではなく、イランでもアレクサンダー以後、太陽神とされるようになりました。
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