×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。




 5-(20).伊勢神宮で祀られている神々の正体(まとめ)


 (注)当記事は、「5-(19).日本神道における神の概念」をご覧いただいた上で読んでいただくと、よりよく理解できると思います。



 拙著で指摘した通り、 天照大御神(あまてらすおおみかみ)には次の人物が合祀されています。 
@天照大御神(あまてらすおおみかみ)の3人の巫女(和久産日(わくむすひの)神(注)・倭姫(やまとひめの)(みこと)・神功皇后)
Aイエス・キリスト

 
(注)和久産日(わくむすひの)神は、伊邪那岐(いざなぎの)神が生んだ神の一人。一人目の巫女は多くの名で古事記に登場するが、詳細は拙著を参照
 通常、天照大御神(あまてらすおおみかみ)は女神であるとされますが、それは、@の3人の女性が合祀された姿であり、いわば、表向きの天照大御神(あまてらすおおみかみ)。そして、裏の天照大御神(あまてらすおおみかみ)はイエス・キリストなわけです。

 また、天照大御神(あまてらすおほみかみ)の3人の巫女は福岡の宗像大社にも祀られていますが、これは、天照大御神(あまてらすおほみかみ)として合祀された姿ではなく、3人の巫女が個別に祀られています。

 宗像大社は、沖津宮(おきつみや)中津宮(なかつみや)中津宮(なかつみや)の三宮から成っていますが、それぞれの祭神と3人の巫女との対応は、次の通りとなります。
宮 名 祭 神 対 応
沖津宮(おきつみや) 田心姫神(たごりひめのかみ) 一人目の巫女(和久産日(わくむすひの)神)
中津宮(なかつみや) 湍津姫神(たぎつひめのかみ) ニ人目の巫女(倭姫(やまとひめの)(みこと)
辺津宮(へつみや) 市杵島姫神(いちきしまひめのかみ) 三人目の巫女(神功(じんぐう)皇后)
 さらに、「5-(6).伊勢神宮の配置(3番目の伊勢神宮)」や「5-(18).広隆寺と籠神社の配置(裏内宮と裏外宮)」で示した通り、宗像大社は伊勢神宮と同じ型を持っていますから、
<宗像大社 (福岡県)> <伊勢神宮 (三重県)>
 それを元に、伊勢神宮と天照大御神(あまてらすおおみかみ)の3人の巫女との対応を示すと次の通りとなります。
宮名 祭 神 対 応
外宮(げくう)豊受大神宮(とようけだいじんぐう) 豊受大御神(とようけのおおみかみ) 一人目の巫女(和久産日(わくむすひの)神)
内宮(ないくう)皇大神宮(こうたいじんぐう) 天照大御神(あまてらすおみかみ) ニ人目の巫女(倭姫(やまとひめの)(みこと)
伊雑(いざわの) 天照坐(あまてらすすめ)大御神(おおみかみの)御魂(みたま) 三人目の巫女(神功(じんぐう)皇后)

 また、天照大御神(あまてらすおおみかみ)(あま)岩屋戸(いわやと)に隠れて再び姿を現しますが、それ以降は天照大御神(あまてらすおほみかみ)高御産巣日(たかみむすひの)神とペアで登場するようになります。

 これは、拙著に記載した通り、天照大御神(あまてらすおほみかみ)が隠れた(=死んだ)後、入れ替わりが生じたからです。

 岩屋戸(いわやと)から再び現れた天照大御神(あまてらすおほみかみ)の正体は、神の霊を降ろした巫女。そして、共に行動するようになった高御産巣日(たかみむすひの)神の正体は、真の天照大御神(あまてらすおほみかみ)

 巫女は真の天照大御神(あまてらすおほみかみ)である高御産巣日(たかみむすひの)神の神託を聞いてからではないと単独では行動できないから、二人で行動するようになったのです。


 高御産巣日(たかみむすひの)神は、造化三神(ぞうかさんしん)と呼ばれる、古事記の最初に登場する3人の神の一人であり、また、天照大御神(あまてらすおほみかみ)の真の正体がイエス・キリストなら、高御産巣日(たかみむすひの)神の正体も同じくイエス・キリストと言うことになります。

 なお、造化三神(ぞうかさんしん)は、天御中主(あめのみなかぬしの)神、高御産巣日(たかみむすひの)神、神御産巣日(かみむすひの)神の三柱です。

 なぜ、イエス・キリストに対応するのが一番目の天御中主(あめのみなかぬしの)神ではなく、二番目の高御産巣日(たかみむすひの)神になるかと言うと、造化三神(ぞうかさんしん)は、キリスト教の三位一体に対応しているからです。

 三位一体とは、父と子と聖霊が一体であるとする教理で、キリスト教の大多数教派における中心的教義の1つです。

 つまり、子に対応するイエス・キリストが一番目にくるわけにはいかないのであり、一番目に来るのは父であるヤハウェでなければならないわけです。

 また、拙著では、この造化三神(ぞうかさんしん)はイスラエル民族の父祖であるアブラハム、イサク、ヤコブ(イスラエル)であると記載しました。

 まとめると、造化三神(ぞうかさんしん)には、以下の通りの神・人物が合祀されていることになります。
神 名 合祀されている神・人物
天御中主(あめのみなかぬしの) 父ヤハウェ アブラハム
高御産巣日(たかみむすひの) 子イエス・キリスト イサク
神御産巣日(かみむすひの) 聖霊 ヤコブ(イスラエル)

 さらに、「5-(18).広隆寺と籠神社の配置(裏内宮と裏外宮)」で裏外宮(げくう)であると指摘した(この)神社には真名井(まない)神社という別宮があり、そこには、伊勢神宮の外宮(げくう)と同じく豊受大神(とようけのおおかみ)が祀られています。

 そして、(この)神社のHPでは、豊受大神(とようけのおおかみ)は次のように説明されています。(※該当ページへのリンク
 亦(またの)名 天御中主(あめのみなかぬしの)神・国常立(くにとこたちの)神、その御顕現の神を倉稲魂(うがのみたまの)(みこと)(稲荷大神)と申す。
 天御中主(あめのみなかぬしの)神は宇宙根源の大元霊神であり、五穀農耕の祖神であり、開運厄除、衣食住守護、諸業繁栄を司どられ、水の徳顕著で生命を守られる。
 つまり、豊受大神(とようけのおおかみ)造化三神(ぞうかさんしん)の一柱である天御中主(あめのみなかぬしの)神は同じ神であるとされているわけであり、それならば、豊受大神(とようけのおおかみ)にもヤハウェとアブラハムが合祀されていることになります。


 次に、この観点から伊勢神宮の三宮を見てみてみます。

 外宮(げくう)に祀られる豊受大神(とようけのおおかみ)が父ヤハウェになるわけですから、内宮(ないくう)は子イエス・キリスト、伊雑(いざわの)宮は聖霊と言うことになり、また、この三宮はアブラハム・イサク・ヤコブ(イスラエル)にも対応していることになります。

 まとめると、次の通りです。
宮名 祭 神 合祀されている神・人物
外宮(げくう)豊受大神宮(とようけだいじんぐう) 豊受大御神(とようけのおおみかみ) @父ヤハウェ
Aアブラハム

B一人目の巫女(和久産日(わくむすひの)神)
内宮(ないくう)皇大神宮(こうたいじんぐう) 天照大御神(あまてらすおみかみ) @子イエス・キリスト
Aイサク
Bニ人目の巫女(倭姫(やまとひめの)(みこと)
伊雑(いざわの) 天照坐(あまてらすすめ)大御神(おおみかみの)御魂(みたま) @聖霊
Aヤコブ(イスラエル)
B三人目の巫女(神功(じんぐう)皇后)

 以上、伊勢神宮は次の三つのものを祀る神社であると言えるでしょう。 
@キリスト教の父と子と聖霊
Aイスラエル民族の父祖の三人
B
日本創成期に活躍した三人の巫女
 宮の数が3つなら、祀られている神も3パターンです。

 なお、これが日本神道における神の概念の融通の効くところ、便利さと言えるでしょう。合祀されている神々の内、どの神をピックアップして捉えるかで、神の姿も違って見えると言うことです。

 伊勢神宮の三つの宮をキリスト教の三位一体と捉えれば、父ヤハウェ、子イエス・キリスト、聖霊という組み合わせになりますし、イスラエル民族の父祖と捉えれば、アブラハム、イサク、ヤコブということになります。


 ちなみに、上の表の内容が、最初に述べた天照大御神(あまてらすおみかみ)に3人の巫女が合祀されている」という内容と矛盾すると感じる人がいるかも知れません。

 上の表は、あくまで「三つの宮がワンセット」と捉えた場合の神の姿であり、天照大御神(あまてらすおみかみ)の中に倭姫(やまとひめの)(みこと)が合祀されてさえいれば、他の巫女が合祀されていても問題ないのです。

 そして、「三つの宮がワンセット」という概念から離れ、内宮(ないくう)外宮(げくう)のみの注目して天照大御神(あまてらすおみかみ)に仕え、食事の世話をする豊受大御神(とようけのおおみかみ)という観点から見れば、次の表のようになります。
宮名 祭 神 合祀されている神・人物
外宮(げくう)豊受大神宮(とようけだいじんぐう) 豊受大御神(とようけのおおみかみ) 一人目の巫女(和久産日(わくむすひの)神)
ニ人目の巫女(倭姫(やまとひめの)(みこと)
三人目の巫女(神功(じんぐう)皇后)
内宮(ないくう)皇大神宮(こうたいじんぐう) 天照大御神(あまてらすおみかみ) イエス・キリスト
 イエス・キリストとそれに仕える三人の巫女という形です。

 この観点からすれば、豊受大御神(とようけのおおみかみ)には巫女が三人とも合祀されていることになり、結局、豊受大御神(とようけのおおみかみ)として祀られているのは、
○父ヤハウェ
○アブラハム

○一人目の巫女(和久産日(わくむすひの)神)
○ニ人目の巫女(倭姫(やまとひめの)(みこと)
○三人目の巫女(神功(じんぐう)皇后)
 ということになります。


 もはや、「何でもあり」とも言える神の概念。
 いくらでも分裂・融合が可能ということは、つまりは、いくらでも組み合わせし放題ということなのです。





TOPページ