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 5-(56).大国主神の物語と「生命の木」(その1)


 大国主神は、古事記ではスサノオの6世の孫、日本書紀ではスサノオの子とされる神で、少名毘古那(すくなびこなの)神と共に国作りを行い、天孫に国を譲り渡すまでは葦原中国を治めていた神です。

 この大国主神が兄弟たちを平らげて統治権を握るまでの物語には、ユダヤに関する重大な情報が隠されていますので、当記事ではそれを解説して行きたいと思います。



1.稲羽と伯耆(稲の葉と箒)

 まずは、古事記に記載された大国主神の物語の概略を順を追って見て行きましょう。
<大国主神 1.稲羽の素兎(概略)>
 大国主神の兄に八十(やそ)神たちがいたが、その八十(やそ)神が皆、稲羽(いなば)八上(やがみ)比売を嫁にもらいたいと思い稲羽(いなば)へと向かった。その際、大国主神も袋を負わせ従者として連れて行った。

 一行が稲羽(いなば)気多(けた)の岬に着いた時、皮の剥がれた兎が伏せっていた。八十(やそ)神はその兎に「海水を浴びて、風に当たり、高い山の頂に寝ておれ」と言ったので、兎は言われた通りにすると、その皮膚はすっかりひび割れてしまった。

 兎が痛み苦しみ泣いているところに最後に来た大国主神が通りかかり、わけを聞いた。

 「私は於岐(おき)の島にいて、ここに渡ろうとしていましたが、渡る術がありませんでした。そこで、海の(わに)を騙して同族を一列に並ばさせ、私はその上を走って渡りましたが、今や地上に降りようとする時に、『お前は私に騙されたんだよ』と言うと、一番端にいた(わに)が私を捕えて、着物をすっかりはぎ取ってしまったのです。そうして、泣き悲しんでいたところ、先に行った八十(やそ)神に言われた通りにしたら、私の体は全身傷だらけになってしまったのです」と兎は答えた。

 そこで、 大国主神は兎に「今すぐにこの河口に行って、真水でお前の体を洗って、(がま)の花を取ってまき散らし、その上に寝ころがれば、お前の肌はきっと治るだろう」と教えてやった。

 兎は言われた通りにすると、肌は元通りになった。これが稲羽(いなば)素兎(しろうさぎ)であり、今も兎神と言われている。

 そこで、その兎は大国主神に、「あの八十(やそ)神は八上(やがみ)比売を得ることが出来ないでしょう。袋を負ってはいても、あなた様が得られることでしょう」と言った。


※古事記上、これらの物語では、大国主神は「大穴(おおな)牟遅(むぢの)神」と記載されていますが、分かりやすさを優先して、「大国主神」と記載します。
 兄たちに従者として使われていた大国主神が、傷ついた兎を助け、その兎から、兄たちが得ようとしている八上(やがみ)比売は大国主神が得るだろうと告げられたという話です。

 さて、ここで注目すべきは、この話の舞台となった地名の「稲羽(いなば)」です。

 「稲羽(いなば)」は、因幡(鳥取県)のことで、「稲葉(いなば)」とも書き、稲の葉のことを指しています。

 「羽」、「葉」ともに、漢字が使用される前の日本ではただの「ハ」で、楕円を細長くして、一方の先を尖らせた形をしたものを「ハ」と呼んでいたと思われます。

 ちなみに、『古語拾遺』には、「古語に、大蛇(おろち)羽々(はは)と謂ふ」とあり、蛇の形状を考えれば、やはり、下記の形状のものを指す言葉が「ハ」であったことが分かります。

           


 そして、場所が「稲羽(いなば)」であることから、上記物語で登場し、大国主神に「あなた様が得られることでしょう」と祝福を与えた動物がであることの必然性が出てきます。

 兎を一羽、二羽と数えるように、その長い耳は「羽」を連想させるものだからであり、つまり、「稲羽(いなば)」と兎は羽つながりなのです。

 さらに、兎は、現在でも「月で餅をついている」と言われるように、月の象徴でもあります。古来、日本では月が描かれる際、その中に描かれる動物は兎のみ、もしくは、ヒキガエルと共に描かれるのが常でした。

<東山天皇御料に描かれた月>

兎とヒキガエルが描かれている
 また、月は不死の象徴であり、例えば、竹取物語では、かぐや姫は天人から渡された不死の薬を残して月へと帰って行きますし、また、日本では、月で兎は「餅をついている」とされますが、中国では、「不老不死の薬を手臼で打っている」とされます(*1)。
(*1)Wikipedia「月の兎
 このように、「稲羽(いなば)」の「羽」から、羽つながりで登場した兎ですが、その兎から大国主神が祝福されたことは、「不死の象徴である月から祝福されたこと」を意味し、今後の物語の方向性を暗示することになります。


 物語の続きを見てみましょう。
<大国主神 2.八十神の迫害(概略)>
 そこで、八上(やがみ)比売は八十(やそ)神に「私はあなた達の言うことは聞きません。大国主神に嫁ぎます」と言った。

 八十(やそ)神は怒って、大国主神を殺そうと共謀し、伯伎(ははきの)国の手間(てま)の山のふもとに至った時、火で焼いた大石を赤い猪だと言って大国主神に捕えさせ、大国主神は死んでしまった。
 
 そのことを知って御祖(みおや)の命(※母神)は泣き悲しみ、天に上って神産巣火之(かみむすひの)命に救いを請うた時、ただちに、■貝(さきがい)比売(※■・・・討の字の下に虫)と蛤貝(うむぎ)比売を遣わして、治療して蘇生させた。
 ここで舞台は、稲羽(いなば)から伯伎(ははき)に移りました。

 伯伎(ははき)は現在の鳥取県西部で、「ハハキ」とは(ほうき)のことです。

 「ハハキ(箒)」の語源について、『日本語源大辞典』(前田富祺・小学館)で次のように説明されています。
「羽掃き」の意で、古く鳥の羽毛を用いたところからという。
 つまり、「伯伎(ははき)」は「羽掃き」で、「稲羽(いなば)」から「羽」つながりで、伯伎(ははき)へと舞台が移ったことが分かります。
 
<ビロウ
※管理人には細かい区別がつきませんので、
間違っている可能性があります

 間違いなくビロウの画像をご覧になりたい方は以下のページでご確認下さい。
 ○Wikipedia「ビロウ


 また、「ハハキ」と呼ばれ清掃用具として使われていたのは、鳥の羽ばかりではありませんでした。蒲葵(びろう)の葉も「ハハキ」と呼ばれ、掃き清める道具として使用されていました(*2)。

 蒲葵(びろう)は亜熱帯のヤシ科の植物で、古代天皇制においては松竹梅よりも、何よりも神聖視されていたようです(*3)。
(*2)『山の神』 P.87 (吉野裕子・講談社学術文庫)
(*3)Wikipedia「ビロウ
 上述した通り、上古の日本では、「羽」も「葉」も「ハ」であり、同形状のものを指す言葉として言語上での区別はなかったと思われ、「羽掃き」は「葉掃き」でもあったのでしょう。

 そして、「伯伎(ははき)」の「ハハキ」がここでは、「蒲葵(びろう)の葉を指しているもの」として捉えれば、後の展開に繋がって行くことになるのですが、その点については後述します。


 さて、この「伯伎(ははき)」の地で、大国主神はいったん死亡し、母神の活躍によって蘇生することになりましたが、これは、先述の通り、兎、つまりは、不死の象徴である月に祝福された結果でもあります。

 ただし、これは、まだ始まりに過ぎません。ここでは、他人の力を借りて復活しただけで、まだ、不死の力を手に入れてはいないからです。


 ※(その2)へ続く。







◆参考文献等
書 名 等 著 者 出 版 社
『日本語源大辞典』
前田富祺(監修) 小学館
『山の神』
吉野裕子 講談社学術文庫
『古事記 全注訳(上)』
次田真幸 講談社学術文庫








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