5-(51).右近の橘、左近の桜・・・生命の木、知恵の木



 かつて、平安京の内裏にあった紫宸殿の正面には、紫宸殿から見て右側に橘、左側に桜が植えられており、これら2本の木を称して、「右近の橘、左近の桜」と言われていました。

 「右近の橘、左近の桜」は、現在の京都御所の紫宸殿にも古式にならって植えられており、また、平安神宮内にある大極殿を模して建立された外拝殿にもあります。さらに、雛祭りの雛壇にも飾り付けの一つとして使用されることがあります。


 さて、当記事では、紫宸殿の正面に何故、橘と桜が植えられていたのかを考えてみたいと思います。

 まず、「右近の橘」です。

 『天暦御記』には、橘はもともと秦河勝の宅にあり、内裏建造の際に、紫宸殿が秦河勝の宅の故地に相当することから、旧にならってこれを植えたのだと記載されています。

 また、『日本紀略』には、秦河勝宅の縁だけではなくて、橘が古くから「トキジクノカクノコノミ」と言われ、その葉が寒暖の別なく常に生い茂り栄えるので、長寿瑞祥の樹として珍重されたからでもあると記載されています。

 つまり、橘を植えたのは、秦河勝の宅にあったのをまねたのと、長寿の瑞祥の樹であることが理由のようです。

 なお、前述の『日本紀略』に出てくるように、橘は「非時(ときじく)(かく)木実(このみ)」と言われ、古事記の垂仁天皇の条にも登場します。
 垂仁天皇の命で多遅摩毛理(たぢまもり)常世(とこよ)の国に行って「非時(ときじく)(かく)木実(このみ)」採ってきたが、帰ってきた時には天皇は既に亡くなっていたと言う話です。

 私はこの話に関連して、記事「5-(4).常世の国から持ち帰った「非時の香の木実」で、「橘は、古事記の物語から「不老長寿の実」とされるが、それは、エデンの園にあるとされる生命の木の実に他ならない」と記載しました。

 よって、「紫宸殿にも、橘が『生命の木』の象徴として植えられた」というのが、真の理由ではないかと考えています。そして、由来に秦河勝が絡んで来ているのも、その考えを支持するものとなっています。


 次に「左近の桜」です。

 橘が常緑樹であるのに対して、桜は冬に葉が落ちる落葉樹です。そして、桜は、花が咲いている期間が短く、潔く散る様から、死のイメージがつきまとう木であり、例えば、戦国武将等は桜をモチーフにした家紋を使用するのを嫌いました。また、近年では、「桜の木の下には死体が埋まっている」と言った都市伝説が広がったりもしました。

 また、古事記には、人間が限りある命になったことを示す話として、ニニギの話があります。

 ニニギは、大山津見(おおやまつみの)神から、娘の石長(いわなが)比売(ひめ)木花(このはな)佐久夜(さくや)毘売(びめ)を妻として贈られましたが、石長(いわなが)比売(ひめ)は醜かったので親元に帰してしまいます。そして、それが理由で、寿命が石のような盤石なものではなく、()の花のように儚いものになってしまったというものです。

 この話は、エデンの園でアダムとイブが「知恵の木」の実を食べてしまい、限りある寿命をもった存在になってしまったという話に相当し、また、古事記において限りある寿命を象徴する木花(このはな)佐久夜(さくや)毘売(びめ)の「木花(このはな)」とは、桜のこととされます。

 桜の方も、「知恵の木」に繋がってきました。

 なお、紫宸殿の「左近の桜」は、もとは、梅であったとされ、桜が好きであった仁明天皇(810-850)が、梅が枯れた後に桜に植え替えたとされています。

 梅も桜と同じ落葉樹で、橘とは違い、冬には葉が落ちてしまう木。そして、梅の別名には「()の花」があり、やはり、木花(このはな)佐久夜(さくや)毘売(びめ)との関連が伺えます。
 ただ、花の儚さから、限りある寿命を表わす木として、より相応しいのは桜の方でしょう。


 さて、橘が「生命の木」で、桜が「知恵の木」ならば、何故、橘が右で桜が左なのでしょうか。

 これは、私は、新約聖書の記述に基づいているのではないかと考えています。
 『マタイの福音書』には次のような記述があります。
<マタイの福音書25章31-41節>
 人の子がその栄光を帯びて、全ての御使いたちを伴って来るとき、人の子はその栄光の位に着きます。
 そして、全ての国々の民が、その御前に集められます。彼は、羊飼いが羊と山羊とを分けるように、彼らを寄り分け、
羊を自分の右に、山羊を左に置きます
 そうして、王はその右にいる者たちに言います。「さあ、私の父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたの為に供えられた御国を継ぎなさい。
 〜(中略)〜
 それから、王はまた、その左にいる者たちに言います。『呪われた者ども。私から離れて、悪魔とその使いたちの為に用意された永遠の火に入れ。
 これは、未来に起こると言われる「最後の審判」の様子ですが、人の子(キリスト)の右側に置かれる羊が永遠の命を与えられ、天の御国に入ることが許される人たち。そして、左側に置かれる山羊は、永遠の火に入れられる人たちです。
 つまり、
○キリストの右側 = 永遠の命    = 生命の木 = 右近の橘
○キリストの左側 = 永遠の火(死) = 知恵の木 = 左近の桜
ということになります。橘と桜の左右の配置は、きちんとあるべき側に配置されていると言えるでしょう。


 以上、「右近の橘」と「左近の桜」は、それぞれ、「生命の木」と「知恵の木」の象徴として紫宸殿に植えられていたのだと思われます。




◆参考文献等
書 名 等 著 者 出 版 社
家紋の不思議
モリマナブ(編) コアマガジン
Wikipedia(右近橘)    
Wikipedia(左近桜)    
Wikipedia(ウメ)    






TOPページ