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(*) ○『帝紀』・・・天皇氏族の系譜 ○『旧辞』・・・神話・物語など古くからの諸伝承
○『古事記』と同じ日本国の歴史書である『日本書紀』は、養老4年(720)に完成しているが、同時期に似た内容の歴史書を2つも編纂する意味がない。 ○歴史書を作成する場合、編纂時の天皇の先代までの歴史を記載するのが通常であると思われるが(ただし、編纂にかかる期間が長ければ、それ以降まで記載することはあるだろう)、『古事記』は、33代推古天皇(554-628)までしか記載していない。 ちなみに、『日本書紀』は、40代天武天皇の時に着手され、完成は43代元明天皇の時。そして、記載されているのは、41代持統天皇(645-703)までである。 ○『古事記』には「上代特殊仮名遣い」という、奈良時代に使用されていた言葉遣いに沿って漢字が当てられている。同様の書物に『万葉集』があるが、「モ」について甲類・乙類の区別があるのは『古事記』のみで、それは、『古事記』の作成が、実は、『万葉集』よりも古いからだと考えられる。 これを前提にすれば、『万葉集』は7世紀後半から8世紀後半頃にかけて編まれたとされているので、『古事記』の成立は7世紀後半以前となる。 (※「上代特殊仮名遣い」の説明については、記事「6-(7).上代特殊仮名遣い」を参照)
時に舎人(とねり)ありき。姓(うぢ)は稗田(ひえだ)、名は阿礼(あれ)、年はこれ二八。人と為(な)り聡明にして、目に度(わた)れば口に誦(よ)み、耳に拂(ふ)るれば心に勒(しる)しき。
http://www.kamigamojinja.jp/matsuri/miare.html 御阿礼神事(みあれじんじ)とは賀茂祭に先立つ5月12日夜に斎行される、当神社祭儀中最も古く且つ重儀の神事であります。 秘儀として一般の奉拝は許されていません。
○神体山の神山(こうやま)と、本殿との間にある丸山の一角に、仮の神籬(ひもろぎ)となる阿礼所が作られる ○阿礼所の榊に、葵をかざした宮司以下が、神霊を迎える ○榊に遷された神霊は、摂社 棚尾社と遥拝所へ移され祀られる (参考)京都通百科事典「御阿礼神事」
社名 祭神 場所 備考 稗田神社 阿礼比売命(稗田阿礼) 兵庫県揖保郡太子町 ○推古天皇14年(606年)勅願により造建されたとされる。 ○当社では稗田阿礼を女性として祀っており、また、祭神については、聖徳太子の妻である膳(かしわでの)大郎女(おおいらつめ)とする説もある。 賣太(めた)神社 主祭神・・・稗田阿禮命(稗田阿礼) 配祀神・・・天鈿女命、猿田彦命 奈良県大和郡山市稗田町
◆参考文献等 書 名 等 著 者 出 版 社 『地図とあらすじで読む 古事記と日本書紀』 坂本勝(監修) 青春出版社 『上賀茂神社』 竹内光儀 学生社 Wikipedia(稗田阿礼) Wikipedia(太安万侶) Wikipedia(ヒエ)