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 5-(67).猿田毘古神=イエス・キリスト(その4)

 ※当記事は(その1)(その2)(その3)からの続き


4.猿田毘古神の死と復活

 『古事記』の猿田毘古神の物語の続きですが、ニニギが高千穂に天降った話には猿田毘古神は出て来ませんで飛ばします。
邇邇芸(ににぎの)(みこと) 4.猿女の君」 <『古事記』・現代語訳>
 さてそこで、邇邇芸(ににぎの)(みこと)(あめの)宇受売(うずめ)に仰せられるには、「この先導の役に奉仕した猿田毘古大神は、独りでこの神に立ち向かって、その正体を明らかにして言上した、そなたがお送り申しなさい。またその神の御名は、そなたが負うて、天つ神の御子にお仕え申しなさい」と仰せられた。こうして猿女(さるめ)(きみ)たちは、その猿田毘古の男神の名を負うて、女を猿女(さるめ)(きみ)と呼ぶことになったのは、こういう事情によるのである。
 (あめの)宇受売(うずめ)は、猿田毘古の男神の名を負うて、女を猿女(さるめ)(きみ)と呼ばれるようになったと記載されています。

 先に記載した通り、猿田毘古神=天照大神(=イエス・キリスト)であり、「猿田毘古の男神の名を負うて」とは、(あめの)宇受売(うずめ)が天照大神(=イエス・キリスト)の名を負うことを暗示しています。

 (あめの)宇受売(うずめ)は天照大神を顕現させ、また、その言葉を伝える巫女に過ぎませんが、このようにして天照大神の名を負った為に、表向きは、天照大神は女性とされることになったのです。

 この件の分かり易い事例を上げれば、スサノオが皮を剥いだ馬を屋根から落とし入れて、それに驚いて死んだ人物の記載があります。

 『古事記』では死んだのは、(あめ)服織女(おりめ)となっていますが、『日本書紀』では、衣を織っていた天照大神となっています。

 『古事記』の方はそのままで、天照大神に仕える巫女(※古代では機織りが神事と考えられていた)。一方、『日本書紀』の方は、本物の天照大神ではなく、天照大神の名を負った巫女であるから「天照大神」と記載しているだけで、結局は、両方巫女で同一人物のことを指しているのです。

 なお、『古事記』では、天照大神は男性とも女性とも明記されていませんが、一方、『日本書紀』では、スサノオが姉と呼んだり、機織り部屋で仕事をしていたりと女性であることがはっきりと読み取れるようになっています。

 このような記載の違いが生じているのは、国内を意識して漢文で記載された『日本書紀』よりも、国内を意識し、日本語を重視した変体漢文で記載された『古事記』の方が、より真実に近い内容になっているからだと思われます。


 なお、(その3)で記載した通り、 (あめの)宇受売(うずめ)は日本版三位一体の陰(女性)バージョンであり、一人ではなく、三人の巫女が合祀された神ですが、それについては後述します。


 それでは、『古事記』の続きです。
邇邇芸(ににぎの)(みこと) 4.猿女の君」 <『古事記』・現代語訳> ※上記からの続き
 さてその猿田毘古神は、阿耶訶(あざか)におられるとき、(すなどり)をしていて、ひらぶ貝にその手をはさまれて、海水に沈み溺れなさった。それで海の底に沈んでおられるときの名は、(そこ)どく御魂(みたま)といい、その海水が泡粒となって上がるときの名は、つぶたつ御魂(みたま)といい、その泡が裂けるときの名は、あわさく御魂(みたま)という。

阿耶訶(あざか)・・・旧・三重県壱志郡阿坂村(現・松阪市)
 猿田毘古神は、天孫の先導役を果たした後、このように、漁をしている最中に唐突に死んでしまい、その死にゆく時に「(そこ)どく御魂(みたま)」、「つぶたつ御魂(みたま)」、「あわさく御魂(みたま)」という三つの魂が生じています。

 結論から言えば、ここでの記述は、イエス・キリストの死と三位一体を表したものであり、猿田毘古神の正体がイエス・キリストであることを暗示する為のものです。

 まず、猿田毘古神は、漁をしている時に死亡していますが、イエスは、シモンとアンデレの兄弟を勧誘する際、「人間をとる漁師にしよう」と言っており、布教活動が漁に例えられています。
『マタイの福音書』 4章18-22節 (新共同訳)
 イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「私について来なさい。人間をとる漁師にしようと言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父親のゼベダイと一緒に、船の中で網の手入れをしているのを御覧になると、彼らをお呼びになった。この二人もすぐに、船と父親とを残してイエスに従った。
 また、『キリスト教シンボル事典』には、漁について以下の通り記載されています。
『キリスト教シンボル事典』 (ミシェル・フィエ著/武藤剛史訳/白泉社/2006) 「漁」
福音書に出てくる奇跡の漁のエピソード(ルカ5:1-11)は、単にシモン・ペトロの網にこれまでになく大量の魚がかかったという話にとどまるものではない。この奇跡の予言的意味をキリスト自身が明らかにしている――「今からのち、あなたは人間をとる漁師になる」。つまり、漁をするとは、神の加護により、兄弟である人間を回心させ、救うことにほかならない
 つまり、猿田毘古神は、漁をしている時に死亡したことは、「神の加護により、兄弟である人間を回心させ、救」っている時に死亡したことを意味し、それは、イエスが布教中に磔刑に処せられて死亡したことを暗示しています。

 次に、猿田毘古神の死亡時に、「(そこ)どく御魂(みたま)」、「つぶたつ御魂(みたま)」、「あわさく御魂(みたま)」という三つの魂が生じています。

 これは、イエス・キリストが漁、つまりは、布教活動をしている際に死亡し、三位一体の神として復活したことを示しています。この三つの御魂をキリスト教の三位一体に対応させると次の通りです。 
(そこ)どく御魂(みたま) 子(イエス・キリスト)
つぶたつ御魂(みたま) 聖霊
あわさく御魂(みたま) 父(ヤハウェ)
 海底で生じた「(そこ)どく御魂(みたま)」は、地上にいる子(キリスト)で、一方、水面で生じた「あわさく御魂(みたま)」は、天にいる父。そして、その中間で生じた「つぶたつ御魂(みたま)」は、父と子を仲介する聖霊になります。(ちなみに、猿田毘古神が貝に手をはさまれて死亡したことは、海上でも海中でもなく、海底、つまりは地上で死亡したことを暗示しています)

 なお、猿田毘古神の死亡時に三つの御魂が生じただけで、猿田毘古神がそのように変化したとは記載されていませんが、該当の記述を
「死と復活」として捉えるのは、特に外れた考えではありません。参考までに、多田元氏の見解を紹介しておきます。
『歴史読本 古事記 日本書紀 謎の神々』(新人物往来社/2011年11月号)P.120 (國學院大學兼任講師 多田元氏 寄稿分)
そこに既に「溺れる」という要素が含まれていたとするならば、海底から海面に向かって勢いよく泡立つ御魂は、海底での死を通過して、新たな霊力を獲得して復活する海中の神の姿の表象と考えるのが妥当だと思われる

 また、海中で三つの御魂として復活した猿田毘古神ですが、これら三つの御魂と似たような記載がイザナギの禊ぎの時に登場します。『古事記』の該当箇所を見てみましょう。
「伊邪那岐命と伊邪那美命 7.禊祓と神々の化生」 <『古事記』・現代語訳>
 そこで、伊邪那岐(いざなぎの)(みこと)が仰せられるには、「上の瀬は流れが速い。下の瀬は流れが遅い」と仰せられ、初めて中流の瀬に沈みもぐって、身の穢れを洗い清められた時に成った神の名は、八十禍(やそまが)津日(つひの)神。次に大禍(おほまが)津日(つひの)神である。この二神は、あの穢らわしい黄泉国に行った時、触れた穢れによって成り出でた神である。
 次にその(まが)を直そうとして成り出でた神の名は、神直毘(かむなおひの)神、次いで大直毘(おほなほびの)神、次いで伊豆能売(いづのめ)である。
 次に水の底にもぐって、身を洗い清められる時に成った神の名は、底津綿津見(そこつわたつみの)神、次に底筒之男(そこつつのをの)(みこと)である。
 次に水の中程で洗い清められる時に成った神の名は、中津綿津見(なかつわたつみの)神、次に中筒之男(なかつつのをの)(みこと)である。
 水の表面で洗い清められる時に成った神の名は、上津綿津見(うはつわたつみの)神、次に上筒之男(うはつつのをの)(みこと)である。
 この三柱の綿津見(わたつみの)神は、阿曇連(あずみのむらじ)らの祖先神としてあがめ祭っている神である。そして、阿曇連(あずみのむらじ)らは、その綿津見(わたつみの)神の子の宇都志(うつし)日金拆(ひがなさくの)(みこと)の子孫である。また、底筒之男(そこつつのをの)(みこと)中筒之男(なかつつのをの)(みこと)上筒之男(うはつつのをの)(みこと)墨江(すみのえ)(住吉大社)に祭られている三座の大神である。
 さてそこで、左の御目を御洗いになる時、成り出でた神の名は、天照大御神である。次に右の御目をお洗いになる時、成り出でた神の名は月読命である。次に御鼻を御洗いになる時、成り出でた神の名は建速(たけはや)須佐之男命である。

 これは、イザナギが死んだ妻のイザナミに会おうと黄泉に行った後、穢れを祓う為に川に入って禊ぎを行っているシーンですが、川の上中下で以下のような神々で生まれています。
底津綿津見(そこつわたつみの)
底筒之男(そこつつのをの)(みこと)
中津綿津見(なかつわたつみの)
中筒之男(なかつつのをの)(みこと)
上津綿津見(うはつわたつみの)
上筒之男(うはつつのをの)(みこと)
 「筒之男(つつのをの)(みこと)」の方は、名前にある通り男神、一方、「綿津見(わたつみの)神」の方は、「ワタ」は海のことで海の神であり、古来、海の神は女神とされることを考えると女神でしょう。

 つまり、上中下と男女ペアの計6柱の神が生まれているわけです。

 そして、男神の方は「筒」という言葉が含まれており、「筒」は、「中がうつろの細長い円柱」を意味し(*3)、中が空洞になっている点で、猿田毘古神が死んだ時に生じた「泡」と共通しています。

 結局、「筒之男(つつのをの)(みこと)」の三神は、猿田毘古神の時と同じで、日本版三位一体、かつ、男性版の神なのです。
(*3)『三省堂 漢和辞典 第四版』(長澤規矩也(編著)/三省堂/2004)

 一方、女神の方の「綿津見(わたつみの)神」は、日本版三位一体、かつ、女性版の神です。こちらの神々は、猿田毘古神が死亡した時には登場しませんでしたが、それは、日本版三位一体(女性)を体現しているのは、(あめの)宇受売(うずめ)であり、猿田毘古神とは別だからです。

 また、男性版の方が「筒」で表されており、一方、女性版が「海」であることを考えれば、「筒」が「海」で覆われている様子が想像でき、つまり、男性版の方は女性版で覆われて隠されている状態になります。

 そして、これら6神が生まれたのは、天照大神が生まれる直前であり、その状態から、今まで述べて来たような、天照大神が
「表向きは女性、本当は男性」という構造が暗示されていると言えます。

 さらに、これら6神が生まれた後、イザナギの両目と鼻から、それぞれ、天照大神、月読神、須佐之男神の三貴神が生まれています。

 このことは、猿田毘古神の両目が八咫鏡(やたのかがみ)で、かつ、鼻が非常に大きかったと記述されていたことと対応しています。

 (その3)で記載した通り、猿田毘古神の両目と鼻も、天照大神、月読神、須佐之男神に対応し、今まで述べてきたことをまとめれば、次の表の通りです。
セフィロトの樹 キリスト教の
三位一体
日本版三位一体
(三貴神バージョン)
日本版三位一体
(男性バージョン)
均衡の柱 鼻(スサノオ) 上筒之男(うはつつのをの)(みこと)
=あわさく御魂(みたま)
慈悲の柱 子(キリスト) 左目(アマテラス) 底筒之男(そこつつのをの)(みこと)
=つぶたつ御魂(みたま)
峻厳の柱 聖霊 右目(ツクヨミ) 中筒之男(なかつつのをの)(みこと)
(そこ)どく御魂(みたま)
 結局のところ、神道の最高神である三貴神をその身に宿し、かつ、神道の裏奥義とも言える、キリスト教の三位一体を体現した猿田毘古神こそ、最も偉い神様なのです。

 ちなみに、『古事記』の仲哀(ちゅうあい)天皇の条で、神功(じんぐう)皇后に神懸かりした神が自らを名乗って次のように述べています。
「こは天照大神(あまてらすおほみかみ)の御心ぞ、また、底筒男(そこつつのを)中筒男(なかつつのを)表筒男(うはつつのを)の三柱の大神ぞ」
 天照大神と筒之男(つつのをの)(みこと)のトリオがセットで登場し、やはり、強い結び付きが見て取れます。

 また、『古事記』には記載されていませんが、『日本書紀』には、猿田毘古神が (あめの)宇受売(うずめ)に送られて行った地が記載されています。
『日本書紀 第九段一書(一)』 (訓み下し文)
 「天(あまつ)(かみ)(みこ)は、(まさ)筑紫(つくし)日向(ひむか)高千穂(たかちほ)■触峯(くじふるたけ)に到りますべし。吾は伊勢の狭長田(さなだ)の五十鈴の川上に到るべし。」

※■・・・「木へん+患」
 これは、猿田毘古神の言葉ですが、自分自身は「伊勢の狭長田(さなだ)の五十鈴の川上」に行くと言っています。

 伊勢の五十鈴川の川上とは、伊勢神宮(内宮)がある場所に他なりません。

 結局、これまで述べて来た通り、表向き天照大神として祀られているのは、その名を負った巫女。その裏には、猿田毘古神が存在し、さらに、その真の正体はイエス・キリストなのです。

 なお、伊勢神宮の内宮に行ったことがある方はご存知でしょうが、内宮の近くには猿田彦神社があります。

 この神社は、宇治土公(うじつちのきみ)宮司家が、先祖神であるとする猿田彦大神を屋敷内で祀ってきたものを、明治時代に入り、神官の世襲が廃止されることになって、屋敷神を改めて神社としたものです(*4)。

         

(*4)Wikipedia「猿田彦神社」、HP「猿田彦神社」→「猿田彦神社とは





 ※(その5)に続く。



◆参考文献等
書 名 等 著 者 出 版 社
『歴史読本 古事記 日本書紀 謎の神々』(2011年11月号)
  新人物往来社
『三省堂 漢和辞典』
長澤規矩也(編著) 三省堂








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