5-(25).木嶋坐天照御魂神社と天照御魂神


 前記事「5−(24).広隆寺、大避神社、いさら井の配置」で記載した三柱鳥居がある木嶋坐天照御魂(このしまにますあまてるみたま)神社。

 この神社の名称は「()の嶋に鎮座する天照御魂神(あまてるみたまの)神の社」という意味であり、名前からすれば本来は「天照御魂(あまてるみたまの)神」を祀る神社ということになります。

 この「天照御魂(あまてるみたまの)神」がどの神を指すのかについては諸説あって定説はありません。

 単純に考えれば、本殿に祀られている神が天之御中主(あめのみなかぬしの)(みこと)大国魂(おおくにたまの)神、穂々出見(ほほでみの)(みこと)鵜茅葺不合(うがやふきあえずの)(みこと)で、その筆頭が天之御中主(あめのみなかぬしの)(みこと)なのですから、「天照御魂(あまてるみたまの)神=天之御中主(あめのみなかぬしの)(みこと)」でしょう。


 ただ、社名の「()の嶋」とは、境内にある元糺(もとただす)の池に建てられた三柱鳥居の中心の石を盛って作られた島のことではないかと思います。

     

 そう考えると、社名から言って最も重要なのは、本殿ではなく三柱鳥居の方であり、その中心にいるのが天照御魂(あまてるみたまの)神。よって、社殿に祀られているどの神も「天照御魂(あまてるみたまの)神」ではないのではないかと思います。


 「天照御魂(あまてるみたまの)神」と言えば似た名前の神がいます。「天照坐(あまてらします)皇大御神(すめおほみかみの)御魂(みたま)」です。

 こちらの神は表の伊勢神宮の三つの宮の一つであり、その三つの宮の起点となる伊雑(いざわの)宮の祭神です。そして、キリスト教の三位一体で言えば聖霊に当たる神です。
<表の伊勢神宮>
宮名 祭 神 三位一体との対応
外宮(げくう)豊受大神宮(とようけだいじんぐう) 豊受大御神(とようけのおおみかみ) 父ヤハウェ
内宮(ないくう)皇大神宮(こうたいじんぐう) 天照大御神(あまてらすおみかみ) 子イエス・キリスト
伊雑(いざわの) 天照坐(あまてらすすめ)大御神(おおみかみの)御魂(みたま) 聖霊
 同じく、裏の伊勢神宮の三つの宮の起点となる瀧原(たきはらの)宮の祭神も天照坐(あまてらすすめ)大御神(おおみかみの)御魂(みたま)であり、こちらも三位一体では聖霊に対応しています。
<裏の伊勢神宮>
宮名 祭 神 三位一体との対応
(この)神社(裏外宮(げくう) 豊受大御神(とようけのおおみかみ)
(※別宮の真名井(まない)神社の主祭神)
父ヤハウェ
広隆寺(裏内宮(ないくう) 当初:弥勒菩薩
現在:聖徳太子
子イエス・キリスト
瀧原(たきはらの) 天照坐(あまてらすすめ)大御神(おおみかみの)御魂(みたま) 聖霊
 上で述べた通り、「天照御魂(あまてるみたまの)神」がいるのが、キリスト教の三位一体を表している三柱鳥居がある所であるとすれば、この神はキリスト教の聖霊に対応しているに違いありません。つまり、「天照御魂(あまてるみたまの)神=天照坐(あまてらします)皇大御神(すめおほみかみの)御魂(みたま)=聖霊」。

 おそらく、伊雑(いざわの)宮や瀧原(たきはらの)宮と同じく、聖霊に当たる神は「御魂(みたま)」でなければならないのでしょう。

 ちなみに、新約聖書では、次のように聖霊が描かれています。
するとその頃、次のようなことが生じた。
ガリラヤのナザレからイエスがやって来て、ヨハネからヨルダン河の中で浸礼(パブテスマ)を受けた。
そして、水から上がるとすぐに、彼は天が避け、霊が鳩のように彼のところに降って来るのを見た。
そして、天から声がした、「お前は私の愛する子、お前は私の意にかなった」。(マルコの福音書1章9−11節)
そうすれば、私は父に頼み、父はもう一人の弁護者を、いつまでもあなたがたと共にいるようにと、あなたがたに与えて下さることになろう。
それは真理の霊であるが、世はこれを受け入れることができない。世はそれをことも見る出来なければ、知ることもないからである。あなたがたはその霊を知りつつある。あなたがたのもとに留まっており、あなたがたの内にいることとなるからである。(ヨハネの福音書14章16−17節)
以上のことを、あなたがたのもとに留まっていた間に語ってきた。だが、弁護者、つまり私の名において父が派遣することになる聖霊、この方があなたがたを全てについて教え、私があなたがたに話したことを全て想い起こさせるであろう。(ヨハネの福音書14章25−26節)
 聖霊とは言わば、父ヤハウェの分け御魂、分霊のことなのであり、人の姿をした天使や人であったキリストとは違う存在なのです。


 なお、「天照御魂(あまてるみたまの)神=天照坐(あまてらすすめ)大御神(おおみかみの)御魂(みたま)=聖霊」であるならば、伊雑(いざわの)宮や瀧原(たきはらの)宮と同じく木嶋坐天照御魂(このしまにますあまてるみたま)神社(※正確には当該神社にある三柱鳥居)も三位一体を表す三つの神社の起点となる神社となります。

 そして、そのことを暗示する為に三柱鳥居を設置したのだと考えれば辻褄が合うと思います。


 それでは、他の2社はどこでしょうか。

 おそらく、それは、広隆寺と大避神社でしょう。



 広隆寺は裏内宮(ないくう)ですから、三位一体の内の子イエス・キリストに対応しています。

 そして、大避神社は他記事で示した通り、「大避=大辟=ダビデ」です。
 新約聖書では次のように、イエス・キリストを「ダビデの子」と表現する記載が散見されます。よって、ダビデで父ヤハウェに対応させているのだと思われます。
ダビデの子にホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。ホサナ。いと高き所に。(マタイの福音書11章9-10節)
すると、その地方のカナン人の女が出て来て、叫び声をあげて言った。「主よ。ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が、ひどく悪霊に取りつかれているのです。」(マタイの福音書15章22節)
 まとめると次の通りです。
宮名 祭 神 三位一体との対応
大避神社 秦始皇帝 父ヤハウェ
広隆寺(裏内宮(ないくう) 当初:弥勒菩薩
現在:聖徳太子
子イエス・キリスト
三柱鳥居(木嶋坐天照御魂(このしまにますあまてるみたま)神社) 天照御魂(あまてるみたまの) 聖霊

 なお、大避神社の祭神は、秦始皇帝と弓月王(ゆんづのきみ)秦酒公(はたのさけきみ)の三柱です。秦氏は秦始皇帝の子孫を自称しており、弓月王(ゆんづのきみ)は応神天皇14年(372年)の時代に渡来してきた人物、秦酒公(はたのさけきみ)は仲哀天皇8年(356年)に渡来してきた功満王(こまおう)の息子です。

 つまり、大避神社は先祖を祀る神社。果たして、秦氏が本当に秦始皇帝の子孫なのかは分かりません。ダビデ王の子孫であることを隠し、表向きは秦始皇帝の子孫ということにしているのかも知れません。

 前記事で記載した通り、「秦」という字を分解すると「三人の木」で、三位一体を形成する三柱の神を指すことになります。そうすると、「秦始皇帝」=「三人の木の最初の皇帝」。それは、つまり、ダビデ王以外にはいないからです。

 さらに、中国の唐の時代、西暦781年に景教徒が建立した「大秦景教流行中国碑」では、イスラエルの地を次のように表現しています。
神天(※天使)は慶びを宣し、室女(※処女マリア)は聖(※メシア)を大秦に降誕す。
 イエスの生まれた地はイスラエルですから、つまり、「イスラエルの地=大秦」です。「大秦」とは通常、ローマを指す言葉ですが、当時のイスラエルはローマの属国であったのですから、「大秦」と表現しても間違いではありません。

 そして、キリスト教徒にとって、ローマ、及び、イスラエルも含めて「大秦」の最初の王は誰かというと、ダビデ王のこととなります。ダビデ王の在位は前1000年から前961年頃ですから、ローマ帝国ができるよりもはるか前の話だからです。


 また、上記表の三社ですが、地図を見て分かるように一直線上にはならんでいません。表の伊勢神宮や、裏の伊勢神宮と同じく、三位一体を表す三社は一直線に並んではいけないのでしょう。

 しかし、かと言って、表の伊勢神宮等と同じように、起点となる三柱鳥居から見た他の二社が3度となっているわけでもありません。

 おそらく、三柱鳥居が起点となって形成する三位一体は、表裏の伊勢神宮という型が出来る前の段階なのでしょう。広隆寺が瀧原(たきはらの)宮を起点とした裏内宮(ないくう)を形成するようになって、その役割は終了したものと思われます。

 おそらく、木嶋坐天照御魂(このしまにますあまてるみたま)神社の社殿が明治に再建されるまで放って置かれたのは、その為でしょう。重要な神社ではなくなっていたからです。



 ちなみに、木嶋坐天照御魂(このしまにますあまてるみたま)神社に祀られている神を、拙著もしくは当HPで示した私の解釈を元に対応する人物を示してみました。(※イスラエル関連を優先して記載)
祭神 合祀されている人物

殿
天之御中主(あめのみなかぬしの)(みこと) アブラハム(※イスラエル部族の父祖)
大国魂(おおくにたまの) スサノオ
穂々出見(ほほでみの)(みこと) ヨセフ(※イスラエルの部族長4代目)
鵜茅葺不合(うがやふきあえずの)(みこと) エフライム(※北イスラエル王国の王家が所属する部族の始祖)

本殿
保食(うけもちの) アマテラスの一人目の巫女
木花咲耶姫 ラケル(※ヤコブ(イスラエル)の妻)
雄略天皇 スサノオ
 アブラハムはイスラエル部族の父祖。スサノオとアマテラスの一人目の巫女は記事「5-(22).天照大御神の一人目の巫女の死因」に記載したように日本という国を実質的に作った人物。また、本殿の方のスサノオの神名は「大国魂(おおくにたまの)神」という名前ですから、人物というより「日本という国の魂」といった意味合いが強いものと思われます。

 そして、ヨセフはヤコブ(イスラエル)の12人の息子の一人で、次の代の部族長となった人物。エフライムは北イスラエル王国の王家が所属するエフライム部族の始祖であり、大避神社が南ユダ王国の初代王のダビデに対応している為に、こちらで祀っているのでしょう。

 また、ラケルはヤコブ(イスラエル)の妻ですが、こちらは、「いさら井=イスラエル(ヤコブ)井戸」でイスラエルが存在していることへ対応するものでしょう。そして、その夫婦に対応して東本殿ではアマテラスの一人目の巫女とスサノオの夫婦も合わせて祀っているのだと思われます。

 上記表の内容の一部を地図上に記載すると次の通りです。



 広隆寺を中心とした領域の両端で、イスラエルとラケルの夫婦。そして、その内側に南ユダ王国の初代王ダビデと、北イスラエル王国の王族の始祖であるエフライムが祀られ、きちんとした対応関係が成立しています。

 やはり、「いさら井=イスラエルの井戸」、かつ、「大避=ダビデ」で間違いないでしょう。






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