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 5-(83).天皇の尊称(その2)


 ※(その1)からの続き



3.天皇の尊称とニニギ、ホホデミの物語

 さらに、天皇の尊称に関連して、『旧約聖書』ではなく、日本の方の物語を見てみましょう。

 記事「5-(76).猿田毘古神と塩土老爺(その2)」でも記載した通り、「ヤコブの階段(梯子)」は、『古事記』や『日本書紀』にも天浮橋(あまのうきはし)という名で登場します。

 天浮橋(あまのうきはし)は、ニニギが天孫降臨する際、そこから地上に降りたもので、「橋」とありますが、これは梯子のことです。

 また、ニニギは、自説では『旧約聖書』のヤコブに対応した人物であり、ヤコブが夢で見た天へと届く梯子が、必然的にニニギの物語にも挿入されていることが分かります。(詳細は該当記事参照)

 さらに、ニニギの物語で登場するのは、「ヤコブの梯子(階段)=天浮橋(あまのうきはし)」だけですが、その子のホホデミの物語には、他のキーワードが挿入されています。

 該当の物語を見てみましょう。

 ホホデミは兄に借りた釣り針を無くし、悩んで泣いている所に、塩土(しおつつの)老爺(おじ)が現れ、海神の宮へ行くようアドバイスされます。以下は、海神の宮へ着いた時の話です。
『日本書紀』 本文 (現代語訳)
するとひとりでに美しい小さい浜に着いた。そこで籠を捨てて出て行った。たちまち海神の宮に着いた。その宮は立派な垣が備わって、高殿が光輝いていた。の前に一つの井戸があり、井戸の上に一本の神聖な柱の木があり、枝葉が繁茂していた。彦火火出見(ひこほほでみの)(みこと)は、その木の下をよろよろと歩きさまよった。しばらくすると一人の美人(おとめ)が、戸をおし開いて出てきた。そして、立派な椀に水を汲もうとした。そこで注目されると、美人は驚いて中にはいって、その父母に言われるのに、「一人の珍しい客人がおられます。門の前の木の下です」と。

※現代語訳は、『全現代語訳 日本書紀 上』(宇治谷 孟/講談社学術文庫/1988)を参考にした。
 このように、「門(=神の門=御門(ミカド))」「高殿(=神の家=殿下)」が登場しています。(※「門」の読みは「カド」で、「高殿」は原文では「(たかどの)」)

 ちなみに、『古事記』の方には、「殿」は登場しませんが「宮」が登場し(※「宮」は『日本書紀』にも登場)、また、「門」の方は「神の御門(みかど)という言葉がドンピシャとも言える形で使用され、まさに、『旧約聖書』の「神の門」が登場しています。


 なお、自説では、ニニギの子のホホデミは、『旧約聖書』のヨセフ(ヤコブの子)に対応しているはずですが、理由は分かりませんが、その物語には、ヤコブの物語が挿入されています。

 記事「5-(77).猿田毘古神と塩土老爺(その3)」でも記載しましたが、両者の対応をまとめると以下の通りです。
ホホデミ ヤコブ
<兄の怒りを買う>
 兄に借りた釣り針を無くし、兄の怒りを買う。
<兄の怒りを買う>
 兄が受けるはずだった長子の祝福を受け、兄の怒りを買う。
<他の地へと行く>
 海神の宮へと行く。
<他の地へと行く>
 兄の怒りから逃れる為、母方の伯父の住む地へ行く。
<井戸で妻となる女性と出会う>
 海神の宮に着くと、門前に
井戸があり、そこにいると、一人のがやって来てホホデミの姿に驚き、宮に戻って父の海神に一人の客人がいることを告げる。その娘は後に、ホホデミの妻となった。
<井戸で妻となる女性と出会う>
 伯父の住む地に着くと井戸があり、そこにいると、伯父の
のラケルがやって来る。
 ヤコブはラケルに口づけし、ラケルは泣きだす。ヤコブが、自分が彼女の父親の親族であることを告げると、ラケルは父親のもとへ行ってそのことを告げる。ラケルはその後、ヤコブの妻となった。
<力を付けて戻って来る>
 海神に、神力を発揮する潮盈珠(しおみつたま)潮乾珠(しおふるたま)を与えられ戻って来る。
<力を付けて戻って来る>
 ヤコブは伯父のもとで、多くの家畜を所有するようになり、それらを引き連れて戻って来る。
 このようにヤコブの物語が挿入されているニニギとホホデミの物語に、梯子、門、殿が登場するのは、もちろん偶然ではなく、意図的なものでしょう。


 また、ホホデミの物語には、「梯子=(ヤコブの階段(梯子))」は登場しませんが、代わりに「井戸の上に一本の神聖は柱の木があ」ったことになっています。

 これは、訓下し文では、「井の(ほとり)(ひとつ)湯津杜(ゆつかつらの)()有り」で、「湯津杜(ゆつかつらの)()」の「ユ」は「斎、神聖」の意で、「ツ」は助詞の「ノ」にあたります。つまり、
「神聖なカツラの木」という意味です。

 そして、「桂(カツラ)」は、中国の伝説では「の中にあるという高い理想」を表す木であり(*4)、また、「月桂樹」という言葉があるように月と関係の深い樹木です(※ちなみに、月桂樹は、カツラ科の木ではありません)。

 一方、月は、かぐや姫の物語で月から来た天人が不老不死の薬を持っており、また、中国ではウサギが月で不老不死の薬の材料を手杵で打って粉にしているとされ(*5)、不老不死との結びつきが強い星です。

 これらのことを勘案すると、「湯津杜(ゆつかつらの)()」とは、「生命の樹」のことであると思われ、そして、そう考えると、「湯津杜(ゆつかつらの)()」と「ヤコブの階段(梯子)」との関連が見えて来ます。

 何故なら、ユダヤ教の密教とも言えるカバラでは、地上から天へと続く「ヤコブの階段(梯子)」は、人間が天界へと上り神へと近付く道程を表し、「生命の樹」の象徴とされるからです。

 つまり、ホホデミの物語には、「梯子」そのものは登場しないものの、それを象徴する、「湯津杜(ゆつかつらの)()」が「生命の樹」として盛り込まれているのです。
(*4)Wikipedia「カツラ(植物)」 特徴
(*5)Wikipedia「月の兎


 以上、これまで説明してきた通り、次の根拠から、
天皇関連の尊称である陛下、御門(ミカド)、殿下は、『旧約聖書』のヤコブの物語に由来していると考えるのが妥当ではないかと思われます。

○『旧約聖書』のヤコブの物語に、天皇の尊称関連の事物である「梯子(階段)、門、家(殿)」がまとまって登場する。
○該当のヤコブの物語に描かれたヤコブの姿と「イスラエルの失われた十部族」の長としての天皇の姿が重複する。
○日本側の『日本書紀』、『古事記』にも、天皇の尊称関連の事物がヤコブの物語に関連して挿入されている。




4.スメラミコト

 最後に、これまで触れて来なかった天皇の尊称の「スメラミコト」です。

 こちらは、まず、日ユ同祖論系の説から見てみましょう。

 ユダヤ人のヨセフ・アイデルバーグ氏は自著の中で、「スメラミコト」について次のような説を述べています。
『大和民族はユダヤ人だった』 (ヨセフ・アイデルバーグ/たま出版/1984) P.211-212
 神武天皇の称号は時の経つにつれて幾分、訛ったことは確かである。しかし、元の称号がヤマトの民の創設者であり、最初の統率者としての彼の高尚な地位を意味することに対しては何ら疑いはない。
 「カム・ヤマト・イワレ・ビコ・
スメラ・ミコト」という長い称号の小さな訛りを修正してみれば、意訳では「サマリヤの皇帝、神のヘブライ民族の高尚な創設者」を意味する論理的な王としてふさわしいヘブライの称号に到達する。称号の各語訳は次のようなものである。

 カムは、「設立」するという意味のヘブライ語根「KUM」から取られたものと思われる。
 ヤマトは、先に説明したとおり、日本語では的確な意味がない。しかし、ヤマトの古代人が、「天の神々の子孫」らしく振るまったので、「ヤマト」という言葉は、「神の民」を意味するヘブライ・アラム語の表現「YA・UMATO」から来たものと思われる(YAはヘブライ語で神、UMATOはアラム語で民を意味する)。
 イワレは、日本語では意味がない。それはアラム語で「ヘブライ」を意味する「IWRAA」が少し訛ったもののようである。
 ビコは、ヘブライ語の「BEKHOR」から来たもののようだ。直訳すれば「最初に生まれた」という意味で、ダビデ王にあてはめられた次の詩文でも明らかなように、慣用的には「高尚」な、というような意味に用いられる。
 「わたしはまた彼をういご(初子)とし、地の主たちの最も高い者とする」(詩編89の27)。サマリアの古代王国の指導的民族エフライム族が、旧約聖書で時には「ういご」としてほめたたえられたのは面白いことである。
 イスラエルの民に関する予言の中で、エレミアは「またあなたはぶどうの木をサマリアの山に植える。・・・・・・それは、わたしがイスラエルの父であり、エフライムはわたしの長子だからである」といっている(エレミア書31章5節、9節)。
 
スメラは、「サマリアの」を意味するアラム語「SHAMRAI」から来ていると思われる
 
ミコト。この言葉は日本の古代文書に神とか天皇の尊称として、しばしば出てくるが、日本語ではこれといった意味がない。
 しかし
古代ヘブライ人が使ったと思われるセム語のひとつ、シリア語で「MALKIOTO」は「皇帝」を意味する。先の章で述べたとおり「L」を落とせば「MAKIOTO」と発音され、いずれ「ミコト」となったといえる。 
 ヨセフ・アイデルバーグによると、「スメラミコト」の音は、はアラム語とシリア語で「サマリアの皇帝」と解釈できるようで、日ユ同祖論系の書籍ではこの説を採用したものが多く見られます。(※シリア語は、アラム語の方言とされる(*6))

 なお、サマリアは、失われたイスラエルの十部族が属していた北イスラエル王国の首都があった場所ですので、日ユ同祖論的には魅力のある説です。

 ただ、私はこの説を採用していません。

 その理由は、まず、第一に、私は、このような、音の類似を根拠とする説には少し用心深くあろうと思っているからであり、また、私には、音の類似が、単なるダジャレや言葉遊びの域を出るものか否かが判断できないからです。

 ちなみに、「スメラ(Sumera)」については、メソポタミア文明を起こしたシュメール人の「シュメール(sumer)」のことだとする巷の説があり(*7)、また、『岩波 古語辞典』では、「すめら」(皇)の項で、サンスクリット語の須弥山と音韻・意味が一致し、モンゴル語の須弥山と同源であろうとしています(*8)。

 そして、第二に、上記ヨセフ・アイデルバーグ氏の「カミ・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコト」に対する説は、ヘブライ語、アラム語、シリア語と三つの言語を使用しての解釈であるからです。シリア語はアラム語の方言で、かつ、ヘブライ語は同系統の言語ですが、少し統一感がないのではと思います。たとえが適切かどうかよく分かりませんが、日本語の標準語と大阪弁と東北弁を使用して解釈をしているようなものではないでしょうか。

 第三には、神武天皇の和風諡号だけでなく、他の初期の天皇のものもヘブライ語での解釈がなされれば、この説の説得力は増すと思いますが、私の知る限り、そのような解釈はなされていません。神武天皇の和風諡号がヘブライ語であるならば、当然、他の天皇もヘブライ語であって然るべきでしょう。
(*6)Wikipedia「シリア語」 歴史
(*7)日本人の起源をシュメール人だとする説でそのような主張がなされる。例えば、『消えたシュメール王朝と古代日本の謎』(岩田明/学研/2004) P.50
(*8)Wikipedia「天皇」 脚注2

 さて次に、「スメラミコト」について一般的な説を見てみましょう。

 『日本語源大辞典』には、以下の語源説が掲載されています。
『日本語源大辞典』 (前田富祺/小学館/2005) 「すめら-みこと」
@統ル尊の義〈和訓栞〉。スメラミコト(皇尊)の義〈大言海〉。
Aスベラスミコト(
御事)の義〈日本語源学=林甕臣〉。
Bスメラは尊貴なものに対する敬称、ミコトは神言を伝達する人をいうミコトモチの略〈天子の諡(おくりな)=折口信夫〉。
Cスメアレミコト(皇生尊)の義〈雅言考〉。
 @、Aの説では、「スメラ」を「統べる」、つまり、「統治」を表す言葉とし、Bでは、尊貴なものに対する敬称だとしています。そして、Cの方では、「スメラ=スメアレ」としていますが、「スメ」自体をどのような意味に捉えているのか良く分かりません。

 私は、ここは穏当に、「スメラ=統べる」という説を採用したいと思います。

 その理由は、まず、同じく天皇を指す、「スメラミコト」と似た言葉として、「スメラギ」がありますが、これは「ス
ベラギ」とも言い、こちらの方は「統べる」と近い音が使用されています。

 次に、「皇神(すめかみ)」という言葉がありますが、その意味は「@ある地域を領する神。A日本の国を領する神。また、皇祖の敬称。すべかみ」(『広辞苑』)です。

 こちらも、やはり、「スメ=統べる」と捉えれば、「@ある地域を
統べる神。A日本の国を統べる神」となり、そのまま意味が通じますし、「すめかみ」の方も「すべかみ」とも言います。

 そして最後に、「スメ=統べる」と考えれば、先に見て来た天皇の尊称である「ミカド(御門)」、「陛下」は、天皇がいる概念的な場所を指し、一方、「スメラ」はその場所で天皇が行うこと、つまり、「統べる」を指していることになります。


 続いて、「ミコト」の方も見てみましょう。以下は、『縮刷版 神道事典』の説明です。
『縮刷版 神道事典』 (國學院大學日本文化研究所/弘文堂/1999) 「みこと」
 神または尊貴なる人物の敬称で、名前の下に添えて用いる。

 「みこと」の用字には「命」と「尊」の二例があるが、この用例について、『日本書紀』の註には、「至貴曰尊、自餘曰命、並訓美挙等(みこと)(至貴を尊と曰い、自余を命と曰う。並美挙等(みこと)と訓む)」とあり、「尊」は主に天つ神や皇室の祖先の神々に対して用いられ、「命」はその他の神々に対して用いられるとされている。しかし『古事記』ではすべて「命」を用いており、「尊」の字を用いていない。

 
「ミコト」の原義は、神々の命令すなわち「御言(みこと)」を承り行う「みこともち」であり、転じて神の敬称になったとされている。たとえば、『古事記』上巻には、はじめ、「伊邪那岐(いざなぎ)神・伊邪那美(いざなみ)神」と記された両神が天津神々の「みこと」すなわち命令を承った直後に「伊邪那岐命・伊邪那美命」と敬称が変化していることから理解できよう。

 神社神道ではこの世に生を受けた人間、一人一人すべてが神々の「みこと」を受けた存在と考えている。死後、生前の名前に「某命」と命の字を加えるのはそのためである。
 「『ミコト』の原義は、神々の命令すなわち『御言(みこと)』を承り行う『みこともち』」と説明されています。

 つまり、先程の「スメラ=統べる」と合わせて解釈すれば、「スメラミコト」は
「統べるよう、神々からの命令(御言)を受けた者」ということになります。

 そして、「統べる」対象とは、葦原中国、つまりは、地上でしょう。

 先述の通り、ニニギの物語には、「陛下」、「御門(ミカド)」という敬称を現すキーワードが織り込まれていましたが、そのニニギは天孫降臨する際、アマテラスから次のように言われています。
『古事記』 邇邇芸命 1天孫の誕生
 「この豊葦原(とよあしはらの)水穂(みずほの)国は、(いまし)知らさむ国ぞと言依(ことよ)さしたまふ。故、(みこと)(まにま)に天降るべし。」

※題は、『古事記』(倉野憲司校注/岩波文庫/1963)のもの
 「知らさむ」は「統治する」という意味であり、結局、「スメラミコト」という尊称関連の記述もやはり、ニニギの物語の中に盛り込まれていることが分かります。

 なお、残念ながら「スメラ」はそれと同義の言葉しか登場していませんが、「ミコト」の方はそのままの言葉で記載されています。





 以上の「スメラミコト」の解釈から、天皇は、
「天照大神から命令を受け、地上を統べる使命を持った存在」だと言えるでしょう。

 そして、「地上を統べる場所」が、これまで見て来た「陛下」、「御門(ミカド)」と尊称で表されており、それは、天と地上をつなぐ梯子がある場所であり、「神の門」、「神の家」と呼ばれる場所なのです。

 また、自説では、天照大神の真の正体はイエス・キリストですから、結局、天皇はイエス・キリストから地上を統べる使命を仰せつかったことになります。




◆参考文献等
書 名 等 著 者 出 版 社
『全現代語訳 日本書紀 上』
宇治谷 孟 講談社学術文庫
『大和民族はユダヤ人だった』
ヨセフ・アイデルバーグ たま出版
『消えたシュメール王朝と古代日本の謎』
岩田明 学研
『日本語源大辞典』
前田富祺 小学館
『縮刷版 神道事典』
國學院大學日本文化研究所 弘文堂
『古事記』
倉野憲司校注 岩波文庫







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