そこで、伊邪那岐命が仰せられるには、「上の瀬は流れが速い。下の瀬は流れが遅い」と仰せられ、初めて中流の瀬に沈みもぐって、身の穢れを洗い清められた時に成った神の名は、八十禍津日神。次に大禍津日神である。この二神は、あの穢らわしい黄泉国に行った時、触れた穢れによって成り出でた神である。
次にその禍を直そうとして成り出でた神の名は、神直毘神、次いで大直毘神、次いで伊豆能売である。
次に水の底にもぐって、身を洗い清められる時に成った神の名は、底津綿津見神、次に底筒之男命である。
次に水の中程で洗い清められる時に成った神の名は、中津綿津見神、次に中筒之男命である。
水の表面で洗い清められる時に成った神の名は、上津綿津見神、次に上筒之男命である。
この三柱の綿津見神は、阿曇連らの祖先神としてあがめ祭っている神である。そして、阿曇連らは、その綿津見神の子の宇都志日金拆命の子孫である。また、底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命は墨江(住吉大社)に祭られている三座の大神である。
さてそこで、左の御目を御洗いになる時、成り出でた神の名は、天照大御神である。次に右の御目をお洗いになる時、成り出でた神の名は月読命である。次に御鼻を御洗いになる時、成り出でた神の名は建速須佐之男命である。
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