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「凡そこの国は、汝命(いましみこと)の御腹に坐す御子の知らさむ国なり」
「こは天照大神の御心ぞ。また底筒之男(そこつつのを)、中筒之男(なかつつのを)、上筒之男(うわつつのをの)の三柱の大神ぞ」
『摂津国風土記』逸文 住吉と称ふ所以(ゆえ)は、昔、息長(おきなが)足比売(たらしひめ)(※)の天皇のみ世、住吉の大神現れ出でまして、天の下を巡り行でまして、住むべき国を覓(ま)ぎたまひき。時に沼名椋(ぬなくら)の長岡の前(さき)(前は、いまの神の宮の南の辺、其れ其れの地なり)に到りまして、仍ち謂りたまひしく、「斯は実(まこと)に住むべき国なり」とのりたまひて、遂に讃め称へて、「真住(ます)み吉(え)し、住吉(すみのえ)の国」と云(の)りたまひて、仍ち神の社を定めたまひき。いまの俗(よ)、略きて、直に須美之叡(すみのえ)と称ふ。 ※息長足比売・・・神功皇后のこと
『住吉大社神代記』 亦、西国見丘あり、東国見丘あり、皆大神(※住吉三神)、天皇に誨え賜いて、塩筒老人に登りて国見せしめ賜いし岳なり。 ※『住吉大社』 (住吉大社(編)/学生社/1977) P.79より
『住吉大社』 (住吉大社(編)/学生社/1977) P.110-111 塩土老爺とツツノヲノ命 白髪の老翁といえば、『古事記』や『日本書紀』に描かれた塩土(しおつちの)老爺(おじ)を想起する。 ~(中略)~ 鈴木重胤は住吉大神と塩土老翁は全く同一神であろうと説いている(『日本書紀伝』)が、海幸山幸神話そのものが、先述の通り住吉大神の顕現と大いに関係があり、しかも「塩筒」とも記すのであるから、<塩ツツの老翁>は<(底・中・表)ツツの男の命>と語幹をひとしくし、同じ神格、ないし実態を有する神とみてよい。したがって、住吉大神(筒男命)が現形せられた神を塩筒老翁(塩土老翁)として語られているものと考えられる。
(*2)Wikipedia「開口神社」
現代語訳 古事記 竺紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小門(おど)の阿波岐(あわき)原 日本書紀 一書(第六) 筑紫(つくし)の日向(ひむか)の小戸(おど)の橘(たちばな)の檍(あわき)原 日本書紀 一書(第十) 橘(たちばなの)小戸(おど) ※日向(ひむか)・・・朝日の射す所。 ※小戸(おど)・・・小さい水門。河の落ち口。 (語義の説明は、『日本書紀(一)』(坂本太郎他(校注)/岩波文庫/1997)P.47注釈一三、一四より)
現代語訳 日本書紀 一書(第四) 橘(たちばな)の小戸(おど)
◆参考文献等 書 名 等 著 者 出 版 社 『住吉大社』 住吉大社(編) 学生社